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ゲームプラットフォームビジネスの終焉

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2011年7月28日、任天堂はニンテンドー3DSの1万円値下げを発表した。
値下げにより希望小売価格は15,000円となる。


これまでは携帯ゲーム機ではゲームウォッチ(1980)、ゲームボーイ(1989)、ニンテンドーDS(2004)と大ヒットを連発し、携帯ゲーム機での業界トップの地位に揺らぎはなかった。
※ゲームボーイは一時期下火になったがポケットモンスターの大ヒット(1996)以降一気に市場が回復した。


ゲームウォッチはファミコン以前に登場した商品のため、ゲームプラットフォームビジネスはまだ適応されていなかったが、ゲームボーイはセガのゲームギア、NECホームエレクトロにクスのPCエンジンGTなどの競合を全く寄せ付けず、ポケモン発売以降に再度発生した携帯用ゲーム機競争でもバンダイのワンダースワン、SNKのネオジオポケットに圧勝している。


同時期に家庭用ゲーム機ではプレイステーション(1994)に業界首位を奪取された。家庭用ゲーム機ではドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーなどの既存のビッグタイトルがハードを鞍替えしたことに加え、プレイステーション以降に登場したSCEが送り出したみんなのゴルフやグランツーリスモ、カプコンのバイオハザードなどの新しいタイトルがプレイステーションの普及を後押ししていた。


しかし携帯ゲーム機ではテトリス、スーパーマリオランドなど、もともと有力タイトルは任天堂自身が抱えており、そこにポケモンという圧倒的な売上を生み出す国内最大のRPGが加わったことで任天堂のラインナップは圧倒的なものになった。

しかしそのままでは終わらない。プレイステーションで家庭用ゲーム機市場のトップシェアを獲得したSCEは、やはり携帯ゲーム機市場にも進出をしてきた。プレイステーションでの必勝戦略を持ち込みPSPことプレイステーション・ポータブル(2004)を発売した。


任天堂はゲームボーイ、カラー対応のゲームボーイカラー、さらにスペックアップしたゲームボーイアドバンスと手堅く携帯ゲーム機市場を支配していた間、じっくり準備をしていたニンテンドーDSでこれを迎え撃った。情報のお披露目段階でも価格設定が話題になり、脳トレなどの新しいゲームタイトルを数多く供給することに成功した任天堂は、一層の飛躍を遂げた。


これまではゲーム業界内の話だけで進んできたが、携帯用ゲーム機と同時代に同じように大きく成長してきた市場がすぐ近くにあった。携帯電話市場である。圧倒的であったはずの任天堂の牙城に大きな杭を打ち込んだのは携帯ゲーム機市場の競合ではなく、すぐ隣にいた携帯電話市場でやはり著しく成長を遂げたソーシャルゲームとスマートフォンだった。

【次回に続く】

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